the JOMSON ROAD

カリガンダキを歩く女
「歩けるかな?」と思った。
普段、山をやってない人間が。不安を抱えて歩き始めた。
大自然の中に生きている人を撮ってみたいと思って。
一番よく撮ったのは、ロバの隊商風景だった。重い荷物を背中に負って列をなして歩く姿は、あまりにも時代的であったが、それゆえ心に迫るものがあった。物を運ぶことが哲学的な意味さえ持ってくる感じだった。

大自然の中で活かされている人々。
一番印象に残っているのはカリガンダキを枯れ草を一杯に背負った女性だった。あたりは何もない。そこを黙々と歩いていく姿は心に迫るものがあった。人はこんなにも強く生きていけるのか?彼女に聞いてみたかった。「あなたの人生はどうですか?」声を掛けることもできず、近づいて写真を撮ることも出来ず、ただ彼女の姿をカメラで追っていた。人生を、写真で表すとこんなものかもしれないと思い、写真集「アジアの片隅で」の最後の写真にした。

今回の旅は今までのものとは違っていた。それだけに印象に残っている。ただ、山だけを見ていたら、そんなに印象的ではなっかたかもしれないが、そこに生きている人々がいて大自然とともに共生している姿は、現代の物質文明に新しい示唆を与えるそんな気がした。日本の子供達も無邪気だ。日本の大人達に初対面の私がカメラを向けたらどんな反応が返っるだろうか?ネパール人のような反応は返ってこないだろう。ネパール人はそれだけ人に対して関心があり、日本人はいろいろなことに関心が分散してしまっている。どちらが、良いのか。一概には言えないだろうが、ネパール人の表情を見ていると、こちらも幸せな気分に成ってくる。もしかしたら、人は人と対話して初めて幸せに成るのかもしれないと思った。
日本に帰ってきて一週間ほどはしんどかった。一週間以上も毎日歩いたのだから体力も使い果たしたのかもしれない。テント生活も不便なものだったし、苦労も多かった。それでも、歩いてみると物を見るのに歩くスピードが適している事が改めて感じられた。物の像が網膜から心に届くまでには若干の時間が必要なんだろう。目の前の風景が流れるようなスピードではなかなか心に入ってこないのかもしれない。物に囲まれた生活から生きていくのに最低限のものしかない生活。こんなシンプルライフも今にして思えばいい経験だったと感じられる。
もう一度、歩いていたいと今は思っている。


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